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前橋地方裁判所 昭和37年(わ)22号 判決 1962年10月31日

判   決

堤登志江

堤志げ

堤寅一

右の三名に対する売春防止法違反ならびに右の登志江および同志げの両名に対する証人威迫、各被告事件について当裁判所は検察官検事及川直年出席のうえ審理し次のとおり判決する。

主文

被告人堤登志江を懲役一年六月および罰金三〇、〇〇〇円に、

同堤志げを懲役一年および罰金五〇、〇〇〇円に、同堤寅一を罰金一〇〇、〇〇〇円に、各処する。ただし被告人登志江ならびに同志げの両名については、この裁判が確定する日から三年間右の各懲役刑の執行をそれぞれ猶予する。

また右の被告人三名が右の各罰金を完納出来ない場合には金一、〇〇〇円を一日の割合に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人堤寅一は昭和三三年五月六日より前橋市萱町一三番地において旅館「たから荘」を営み、被告人堤志げは右寅一の妻であつて昭和二七年四月一一日より同三五年七月まで同市榎町三〇番地において料理店「明宝」を営むほか右旅館「たから荘」の従業員として同旅館の経理等を担当し、被告人堤登志江は右両名の長女で、右旅館および同料理店の各従業員として稼働していたものであるが、

第一 被告人志げ、同登志江は共謀し、被告人寅一の前記旅館経営の業務に関し、昭和三三年一一月一日頃から同三四年七月一五日頃まで、通称「てるこ」こと山口綾子(昭和一四年一月三日生)を、同三四年三月中旬頃から三五年六月中旬頃まで通称「きみこ」こと横堀喜美子(昭和一五年八月六日生)を、同三五年六月上旬頃から同三六年七月下旬頃まで通称「しいちやん」こと粕尾シズ子(昭和六年九月九日生)を、同三六年三月二七日頃から同年九月頃まで通称「とみこ」こと五十嵐とみ子(昭和六年七月二七日生)をそれぞれ女中として前記旅館内に住込ませ別表第一記載の通り昭和三三年一一月下旬頃より同三六年九月一四日までの間、合計二五回にわたり、いずれも前記旅館客室において、右女中四名にそれぞれ不特定の男客と現金一、〇〇〇円乃至三、二〇〇円の対償を受けて性交させ、もつて婦女を自己の占有する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とし、

第二 被告人登志江は、被告人志げの前記料理店の経営業務に関し昭和三四年一〇月頃から同三五年四月頃まで、通称「れいこ」こと関上節子(昭和五年一一月一日生)を女中として右料理店内に住込ませ、別表第二記載の通り昭和三四年一〇月中旬頃より同三五年二月下旬頃までの間、合計一七回にわたり、いずれも同料理店六畳の間において、右女中に不特定の男客と現金五〇〇円乃至二、〇〇〇円の対償を受けて性交させ、もつて婦女を自己の占有する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とし、

第三  被告人志げ、同登志江の両名は、昭和三七年二月二一日、前橋市曲輪町乙七二番地所在の前橋地方裁判所において被告人等に対する判示第一、同第二の売春防止法違反被告事件について開廷せられた第六回公判において、同日午後一時より証人横堀喜美子が被告人等に対し不利益な事実を供述したためこれをきいて憤慨し、右裁判所がなお同証人の取調を継続する予定で一且休憩した際、右横堀は用便のため同裁判所構内の婦人手洗所に赴むいたところ、既に同所に来ていた被告人登志江は、同志げと意思を相通じ右横堀の姿を見るや被告人登志江が手招きにより同女を同手洗所内に呼び入れたうえ、いきなり左手背をもつて同女の右手を殴打し、かつ同女を睨みつけながら、「どうしてあんなひどいことを言つたのか、あんまりひどいことを言わないでくれ、警察で言つたことなど一々こまかに言わなくつたつていい。私達のことがどうなるか、あんたわかつているのかい。」などと申向け、その際右横堀の身辺に立ちつづけていた被告人志げも亦、これにつづいて同様横堀を睨みつけながら「喜美ちやん随分のことを言つてくれたね。前に遊んでくれた永井さん等や、てるちやん、しいちやん等に来てもらつて証言のことで話合つたが、その時に喜美ちやんは頭がいいから証人に立つても私達のことをうまく言つてくれるだろうと話合つていたのに今日の裁判では随分ひどいことを言つたねえ。永井さん等もあの娘(こ)なら裁判に出しても大丈夫だと言つていたのに。」などと申向けて交々暗に引続き行なわれるべき爾後の証人尋問において虚偽の証言をしてもらいたい旨暗示すると共に右横堀が真実を詳細に供述したのが不当である旨を難詰してこれを畏怖せしめよつて、右横堀をして爾後の取調について不安困惑の念を抱かし、もつて前記被告事件の審判に必要な知識を有すると認められる右同女に対し、強談威迫の行為をし、

たものである。

(被告人堤登志江の心神状況)

被告人登志江は本件各犯行当時心神耗弱の状況に在つたものである。

(情状)

右判示第三記載の被告人両名の所為の結果、右横堀喜美子は不安の念にかられて泣き出すと共に、ただちに裁判所構内から駈け出で当時の同女の止宿先に逃げ帰り、出廷の要求に応ぜずために同日午後四時頃より再開された同日の公判はこれを中止するのやむなきに至つたものである。

被告人寅一および同志げは終戦前より、前橋市萓町一三番地の前記旅館「たらか荘」において通称「だるまや」と称せられていた公認の遊廓を経営していたものであつて売春防止法の施行に伴ない、従前所謂赤線営業に使用して来た建物を急拠旅館経営に転用したものであり、被告人登志江は寅一、志げの両親により右赤線内において養育せられ成人したものであり、同女は思春期頃より同性愛的傾向を発現しており、この傾向はその生活環境に相対応し成人し飲酒するに従い漸次強烈化し、異性たる男性との交渉よりも同性たる若年の女性に対し異常な興味と関心を示し、かつ又、昭和三三年頃よりヒステリー症状を呈し、同三四年以降は躁病状態をも伴なうに至つていたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人松岡末盛は被告人登志江が本件各犯行当時心神耗弱の状況に在つた旨を主張する。

鑑定人医師前田忠重の鑑定書によれば、右被告人は、思春期頃より女性に対する同性愛の傾向を漸次強く発現して来ており、殊に飲酒が大量化するに従い更に強くなると共に、たまたま前記料理店に使用した女中のうち売春婦の経験ある女性の教導により右傾向は一層濃厚となり女性と同衾しこれと性交するまでに至り「女と酒と金とがあればよい」と放言するのみならず昭和三三年頃よりはヒステリー症に羅患し、また同三四年以降は躁病をも発現しており、現在もその症状は継続しているものとなしている。

右の鑑定結果およびその余の各証拠を綜合して、右被告人は本件各犯行当時心神耗弱の状況にあつたものと認定する。

(法令の適用)

被告人登志江の判示第一および同第二の各売春防止違反の所為はいずれも同法第一二条罰金等臨時措置法第二条第一項(共謀については刑法第六〇条)に、判示第三の証人威迫の所為は刑法第六〇条第一〇五条の二、罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号にそれぞれ該当し、判示第三の証人威迫の罪については情状によつて所定刑中懲役刑を選択し、また被告人は前示のように本件各犯行当時心神耗弱の状況にあつたものであるから刑法第三九条第二項第六八条第三号第四号第七二条を適用して法定の耗弱減軽をし、なお右各犯行は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文但書第四八条第一項第二項第一〇条によつて重い判示第一の罪の刑に併合罪の加重をした刑期および同罰金額の範囲において右被告人を懲役一年六月および罰金三〇、〇〇〇円に処する。

被告人志げの判示第一の売春防止法違反の所為は同法第一二条、罰金等臨時措置法第二条第一項刑法第六〇条に、判示第二の被告人登志江の売春防止法第一二条違反の所為については、被告人志げの経営する料理店「明宝」に被告人登志江が従業者であつたのであるから、同被告人の使用主として売春防止法第十四条第一二条、罰金等臨時措置法第二条第一項に、判示第三の証人威迫の所為は刑法第六〇条第一〇五条の二、罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号に、それぞれ該当し、判示第三の罪については情状によつて所定刑中懲役刑を選択し、被告人志げの本件各犯行は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文但書第四八条第一項第二項第一〇条によつて重い判示第一の罪の刑に併合罪の加重をした刑期および同罰金額の範囲において右被告人を懲役一年および罰金五〇、〇〇〇円に処する。

被告人寅一の経営する旅館「たから荘」の従業者たる被告人登志江および同志げの両名が判示第一の売春防止法第一二条に違反して判示第一の所為を共謀してなした(同法第一四条に謂う行為者)のであるから、被告人寅一は右両名を従業者として使用していたのでその使用主として同法第一四条により同法第一二条罰金等臨時措置法第二条第一項所定の罰金額の範囲において処断せられるべきものであるから右の所定金額の範囲において同被告人を情状によつて罰金一〇〇、〇〇〇円に処する。

ただし、諸般の情状を酌量し、刑法が二五条を適用し、被告人登志江および同志げについてはこの裁判の確定する日から三年間右両名の右各懲役刑の執行をそれぞれ猶予する。

また右被告人登志江、同志げ、同寅一の三名がそれぞれ前記各罰金を完納出来ない場合にはいずれも刑法第一八条を適用して金一、〇〇〇円を一日の割合に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項第一八二条によつてその全部を被告人三名の連帯負担とする。

以上の理由によつて主文の通り判決する。

昭和三七年一〇月三一日

前橋地方裁判所刑事部

裁判官 藤 本 孝 夫

別表第一、第二≪省略≫

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